京大サークル CARP(原理研究会)
京大公認サークルであるカープ(原理研究会)の公式ブログです。私たちは統一原理という理念を掲げて、周囲に希望を与えます!
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橋下さんのつぶやきのつぶやき (# ̄З ̄) ブツブツ
お元気様です。

とうとう教育実習も終盤です。

母校は非常に人数の少ない学校で、

しかも、中高一貫なので、

なんだか“ファミリー”のような装いです。

ただいま!
(おもわず「ただいま!」と言いたくなるの図)

独特の生暖かい空気…



     蛍火の 生ぬるき灯の

     絶えざれば

     淡彩な青春の思い出




蛍の光はきっと光っては消え、光っては消えするからこそ、

人々の心象に焼きつくんだと思います。

ずっとその光に浴していては、

その価値を感じられなくなってしまう…。

蛍火の…



「お前ら蛍って知っとるかぁ?」と、

はるばる滋賀のご実家から虫かごに蛍をこさえて、

授業へ持って来てくださったのが、

つい昨日のことのようです。



久々の母校…。

とても、楽しいんだけど、

とても、懐かしいんだけど、

ここにずっといることが、

自分自身の成長に、必ずしもいいとは限らない…

と感じもする期間でした。



青春の思い出は、

もしかしたら、

一度きりで、

瞬く間に過ぎるからこそ、

淡白だと感じていた日常にも

「ハッ」とするような鮮烈な印象を残していくのかもしれません。




様々な経験をして、一段落。

局を結ぶっちぃです。

ドヤ顔「ドヤ!」




さて。

今回は題名の通り、橋下さんのつぶやきに関するつぶやきです。

担当していた教科が社会だったこともあり、

母校のある大阪へ向かう電車の中で、

いつものようにtwitterを眺めながら、ふと思ったことです。

(あくまで私見です)




人生長いのです。

時には目標&ゴールだけでなく、

道路わきの道草に目を奪われる瞬間もあっていいではないか!

…的な文章です。

では。










橋下さん
(ほかのブログから転用)

先週27日の朝、橋下さんの連続ツィート(@t_ishin)

えらい熱こもってました。

伝統芸能にも市場原理を迫る論調。

確かに、一理ある。

一般の人が見に来ない芸能に意味はあるのか?

でも、同時にエンターテイメントとして、

観客を喜ばす事だけが芸能の価値なのか?





実は友人が演劇をテーマに研究してるんですけど…

実際、芸術の分野はお金になるかどうか、だけが評価の基準じゃないみたいですね。

エンターテイメント性が低くとも、

人間の内面を深く描写した演劇は「高い価値」があるそうな。

もし、エンターテイメント性が絶対価値なら、

全てがアメリカのハリウッドみたいなドンパチ系ばかりに…

なんて考えちゃいます。

Hollywood

ポイントなのは、芸術を提供する側も、享受する側も共に人間であり、

現代は互いの関係性によって芸術は成り立っているという事実。

すると何がいいのか悪いのかは

相対的。

つまり、互いの了解によってはじめて決定する。

いわばコミュニケーション。

どこかで折り合いをどこかでつけないと互いにwin-winの関係にはならない。




でも、なんだか「古典芸能」って

“変化しない”とか

“昔と同じ”ってところが評価されてる気がしませんか?、

なぜ、「古典芸能」と言われるヤツは

ちょっぴり“頑固”なイメージがあるんでしょ?




あくまで個人的な意見なので、反対意見もあるでしょうけど、

たぶん、様々な芸術が“宗教的”な価値のもとで育まれてきたからなのかな?

なんて思ったりします。



有名な建築物や宗教画などは宗教性故に発達した例。

世界的に見ても、宗教施設が様々な遺産として保護され、

“美しいもの”あるいは“見るに値するもの”として、

ずっと評価されています。




作られた当時から価値視され続けているのは、

宗教には“絶対的な価値”の存在が肯定されているからなのかもしれません。

人間は最大にとって最も価値のあるものは、

創造主たる神である。

よって、神を頌栄する行為またはその実体が人間にとって、

最高の価値を生み出すものである…

そんな発想がこれらの作品には込められているのかもしれません。


ブルーモスク
ブルーモスク

金閣寺
金閣寺

日光東照宮
日光東照宮

ロシア正教会の教会
ロシア正教会





実利的な立場から芸術を眼差せば、、

価値を決めるのは人間だとなるんでしょうね。

人間が価値を決めちゃうんだから。

橋下さんはそこまで言ってないと思いますが、

民主主義の前提である“民意があらゆる価値に優越する”という信念には

何か違和感を感じてしまいます。






まぁ、日本は民主主義国家なので、

言ってもどうにもならないのかもしれませんが。

ただ、その民主主義自体が前提とする“民意”って、

極めて相対的な価値観だなぁと思います。

人類みんながソクラテスや観とみたく、

理性的で、

ロジカルに先を見据えて考えられるなら、

多数決で大きな間違いは犯さないでしょけども…。



















小休止。

アルパカ

アルパカちゃん。ブサカワいいっていうんですかこういうの?



























何が善で、何が悪なのか?

そういった価値観の軸を教育するシステムが民主主義思想にはない。

せいぜい…“自分がされて嫌なコトは人にはしない”ぐらいの倫理観が限界とちゃうやろか。

このロジックだと、自殺願望のある人が殺人を犯すことを否定することはできません。

ヒトラーが民主的なプロセスで選ばれたというのも、

民意の過ちを示す象徴的な例です。





あらら。

話があらぬところ行きました。

現代の政治家が話す「民意第一」発言は確かに、一定の真理性を持っています。

しかし、この発想が絶対でもないこともまた「真」だと思うのです。



何ものにも左右されない絶対の価値ってあるんでしょうか?

善悪って何が決めるの?

あるとしたら何が基準になるんでしょうか

ないとしたら、常に民意によって翻弄され続けるしかないんでしょうか。




京大CARPでは、日常の些細なことから政治・経済・医療・教育…

様々な事象を、

各自の専門を生かして、

「当たり前」に「ほんまかいな?」をぶつけていきます。

うぅ~ん京大スピリット。



一緒に活動してくれる人大募集
いつでも気軽にどうぞ!!!
 
 
連絡の取り方はこちら
 
↓今日も幸せ☆ぽちっとな


あ。




余談ですが、

芸術の世界では、

贋作とは違って、

オリジナルの作品そのものにしかない力や価値を

“アウラ”(いわゆる“オーラ”)という表現で評価することがあります。

別に、見た目一緒ならあんまり変わんないじゃん!っていう発想が、

現在のコピー技術の発展の中では生まれてしまいがちですが、

芸術にはある種“青春”と同じような、

一回性や

唯一性に価値があるのかもしれません。

おもろいですなぁ。



終。

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

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コメント

ツイッターへのリンクは、後々見返すことを考えるとtwilogのほうがいいのでは?
http://twilog.org/t_ishin/date-120627
[2012/07/03 13:21] URL | イソノの友人(阪大) #mQop/nM. [ 編集 ]


絶対的価値観は、科学には存在しておらず、宗教において存在しています。
例えば、統一原理では神の実在性と、神と人間との関係性を絶対的価値として説いているのですね。
科学はあくまで「知ること」ですので、相対的価値にならざるを得ないわけです。ですから、科学の面から見れば、相対的価値観を補完する絶対的価値観が必要であると考えられるわけです。
現在の日本社会に不足しているのは、宗教に存在する絶対的価値観だと思います。
宗教に対する偏見を取っ払って、宗教にある普遍的絶対的価値観について研究してみるのも、一興でしょう。
[2012/07/01 23:01] URL | くぼっさん #- [ 編集 ]


伝統芸能には変わらない価値観があって、絶対的価値観と言えるかわかりませんが、引き継がれる「血筋」であったり「しきたり」や「技術」があるわけですね。
そこに時代にマッチした相対的価値観(流行)が融合されて初めて、「進化した伝統芸能 」と言えると思いますね。
また、大阪市のように伝統芸能の分野に補助金を出している地方自治体は数少ないですが、逆手に考えると、補助金を出すくらい大阪は文化活動が盛んであることの証明でないかと思いますし、大阪の強味であると考えられます。
最終的には、大阪の人たちがつくってきた「大阪」を生かすかどうかは「民主主義(選挙)による大阪市民の選択」ですから、現在の現実から来る刹那的選択ではなく、現在よりも未来・将来を見据えた選択決定をすることが必要でしょう。
理想を見据えながら、いかに現実を理想に構築するかですね。
理想には、必ず絶対的価値観が存在し、相対的価値観は絶対的価値観に立脚していることが重要になります。
絶対的価値観という軸なしに、相対的価値観という「変化し変動する価値観」が存在するということは、整合性があわないと考えています。
正直、僕は大阪市の財政再建については「国家経済の成長」が必要であり、地方自治体と中央政府との協働が最も重要だと思います。
すなわち、中央政府が財政出動の経済政策(公共事業等)を打ち出し実行しなければならないということです。
[2012/07/01 22:35] URL | くぼっさん #- [ 編集 ]


あああさんコメントありがとうございます。
まず最初に
>感覚で橋本市長の主張に反発しているような印象を受けた
とのことですが、べつに橋本市長の主張に反発しているわけではありません。橋本さんは優秀な政治家だと思いますし、おそらく「でたらめなこと」をやってるわけではないと個人的には思っています。論理的な整合性を持って政治を進めておられると思うので、その論理の中で「正しい」判断をしていらっしゃる。
ただ、橋下さんの論調から違和感を感じる人は案外多いんじゃないでしょうか。なぜだと思われますか?僕はそちらに関心を持ちました。人間って「正しい」ことに常に賛成するわけではないのです。まず「正しい」ってなんだ?と、ここに価値観の問題があると思うのです。そこで、今回は価値の軸をどこに置くのか「絶対」と「相対」という対立軸で話を組み立ててみました。題名にもあるように「つぶやき」ぐらいのつもりだったので、論点が絞り込めていないというのは事実ありますし、私の理解力・文章力の問題もあります。すいません。その他稚拙な点はお許しください。

「ならば勉強してから書け」とお叱りを受けそうですが、政治のことはぶっちゃけあまりよくわからないので、橋本さんの政治に詳しく言及することは避け、自分がなぜこんな違和感を感じるのか、疑問を抱くのかつぶやく中で、その疑問をブログ読者と共有し、ブログ読者に様々な話題(今回であれば政治や芸術)に興味関心を持ってもらおうというのが目的でした。

おっしゃる通り、「新しい代案」を提示する以外に、現行の様々なシステムにメスを入れる方法はないんだと思います。ただ、「A」でやってみてだめだから「B」で行こうというのもまた極端な話。「A」の何が問題なのかを議論することも大切なことだと考えます。われわれ京大CARPではこのテーマに限らず、定例研などを通じて、多様な社会事象の問題点・改善点に代案を提示できるようしっかりと研究していきたいと思っています。
今後ともいろいろとご批判賜りたく存じます。

貴重なご意見ありがとうございました。
[2012/07/01 06:18] URL | ぶっちぃ #- [ 編集 ]


こんにちは。本日は、ブログの記事を見ながら、主張がはっきりとせず、感覚で橋本市長の主張に反発しているような印象を受けたので、橋本市長の主張を自分なりに解釈してしてまとめ、そこに私の主張を書いてまとめてみようと思い、コメント欄に書き込むことに致しました。少々長くなるかもしれませんがよろしくお願いいたします。

まず。橋本市長の主張ですが、27日朝のTwitterから読み取ると、「予算の使い方を考えていく中で、文楽界への補助金が気になり、調査をしていくと、補助金を出すことによる悪影響がいくつかあるのではないかと考えた。また、文楽への補助金は、他の芸術活動を行っている人たちにとって不公平なものであるしたがって、制度を変える必要がある」というように読み取れました。

橋本市長が言っているだけなので、本当のところはわかりませんが、文楽は、補助金をもらうことが当たり前のように考えてしまい、進歩することを怠っているようです。

私は基本的には、橋本市長の考え方に賛成です。
伝統芸能は、変わらないところが素晴らしいのか、変わっていくべきなのかはわかりませんが、少なくとも、価値があるものならば、人は見たいと思うはずです。それがそうなっていないのは、①文楽が価値を失ってしまったのか、②人々が文楽の価値が分からなくなったのどちらかでしょう。そしてその原因がどちらだったとしても、文楽界は、、価値を高めたり、人々に文楽の価値を伝えたりする努力をする必要があります。

上記のような”努力”を支えるものとして、補助金を出すのはありでしょう。しかし、補助金を毎年毎年出し続けてきたことが、健全な文楽界の発展を妨げてきたとするのならば、制度自体を改善する必要があります。また、予算は無限ではありません。そのような中で、果たして誰が、文楽と一般の人がやっている劇団の活動や小説執筆活動のどれが価値があると判断できるでしょうか。さらに言えば、道路をつくったり、施設をつくったりといった活動の方が価値を生む可能性もあります。そのあたりも総合的に判断して決めなければなりません。

さて、現在の国や自治体の制度として、多くの民意が得られなければ、補助金を受けられない体制にあるのは間違いないと思います。したがって、国や自治体の庇護を受けようと思うのならば、、民意、世論にのっとったものをしていくべきでしょう。しかし、何かの活動をするときに、個人や企業にスポンサーとなってもらう手もあります。また、それができなくても、個人で稼ぎながら物事を極めていく人もいます。それぐらい、現在の日本は恵まれています。

現在のシステムのなかでうまくやっていこうと思えば、それにのっとって賢くやっていかなければならないと思います。しかし、もし現在のシステムに違和感を感じ、間違っていると思うのならば、資本主義や民主主義に変わる新しい代案を提示していくしかないでしょう。
[2012/06/30 23:02] URL | あああ #- [ 編集 ]


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お元気様です。とうとう教育実習も終盤です。母校は非常に人数の少ない学校で、しかも、中高一貫なので、なんだか“ファミリー”のような装いです。(おもわず「ただいま!」と言い
[2012/07/01 09:31] まとめwoネタ速neo

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